東京高等裁判所 平成9年(ネ)4830号 判決 1998年8月26日
控訴人(被告)
東京高等検察庁検事長
則定衛
控訴人補助参加人
甲野次郎
訴訟代理人弁護士
早川滋
被控訴人(原告)
乙川夏子
法定代理人後見人
丙山四郎
訴訟代理人弁護士
塚越隆夫
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は、補助参加人に生じた部分は補助参加人の、その余は国庫の、各負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人(補助参加人)
1 原判決を取り消す。
2 (本案前の申立て)
被控訴人の本件訴えを却下する。
3 (本案についての申立て)
被控訴人の請求を棄却する。
4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 事案の概要
本件事案の概要は、次のとおり原判決を補正し、控訴人補助参加人の当審における主張を付加するほかは、原判決の「二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の補正
1 原判決三枚目表一一行目の次に、改行して、次のとおり付加する。
「(二) 被告
花子が原告の子ではないとの主張事実は、知らない。」
2 原判決三枚目裏一行目の「(二)」を「(三)」と改め、三行目と四行目の間に次のとおり付加する。
「花子が原告の子ではないとの主張事実は、否認する。原告が、花子と同居し、花子を養育してきたこと、原告が、花子において甲野太郎と結婚した後も、同夫婦と同居生活を送ってきたこと、原告の夫乙川三郎と甲野太郎が居宅を共同で建築したこと、原告が、花子において病気入院のときは泊まり込みで付添い看護をし、花子の死去後は葬儀、埋葬、法事を執り行い、仏壇に花子の位牌を祀っていること、等の原告らと花子らとの生活実態は、原告と花子との間に親子関係が存在することを雄弁に物語っている。」
二 当審における控訴人補助参加人の主張(仮定主張)
1 (身分行為の転換)
仮に、被控訴人と甲野花子との間に親子関係が存在しないとすれば、被控訴人と甲野花子との間には、法律上の養親子関係が存在するものと扱うべきである。
すなわち、被控訴人は、自らの意思により甲野花子との間の親子としての関係を選択し、甲野花子を養育した。また、甲野花子も、婚姻後においても、昭和五一年から、夫太郎及びその間の子である控訴人補助参加人とともに被控訴人との同居生活を再開しており、被控訴人と甲野花子との間には、親子としての実体と親子という意識とが存在した。
右のように、親子としての実体と親子という意識とが存在した本件のような場合においては、法律関係の転換を認めて、被控訴人と甲野花子との間には、法律上の養親子関係が存在するものと扱うべきである。
2 (権利の濫用)
仮に、右の主張が認められないとすれば、被控訴人が、前述のような甲野花子との共同生活等を自己の意思と希望により選択したこと、被控訴人が、甲野花子の夫太郎から自宅の持分の贈与を受けたこと、等の生活関係が存在する中で、被控訴人において甲野花子との親子関係の不存在を主張することは、権利の濫用として許されない。
第三 当裁判所の判断
当裁判所も、原審における当事者の主張立証に、当審おけるそれらを加え、総合すれば、以下に説示するとおり、被控訴人の本訴請求は、理由があるからこれを認容すべきものと判断する。
一 控訴人補助参加人の本案前の申立てについての判断
控訴人補助参加人は、禁治産者本人の推定的意思によるときはその療養看護に重大な支障をきたすというような例外的な場合を除き、後見人は禁治産者本人の推定的意思に従って任務を処理すべき義務(善管注意義務)があるところ、被控訴人法定代理人後見人の本訴の提起は、被控訴人本人の推定的意思に反し、かつ、本件において右の例外的な事情は存在しないから、後見人の善管注意義務に反するものであり、しかも、被控訴人法定代理人後見人が本訴を提起したのは、自己の財産的利益を図るためであることが明らかであるから、本件訴えの提起は、被控訴人法定代理人後見人の法定代理権の濫用的行使によるものとして、不適当である旨主張する。
しかし、そもそも、被控訴人法定代理人後見人のした本訴の提起が、禁治産者である被控訴人本人が意思能力を有するとすれば形成していたであろうと推定される意思に反するものと認めるに足りる証拠はなく、また、被控訴人法定代理人後見人が本訴を提起したのが、自己の財産的利益を図るためであると認めるに足りる証拠もないから、いずれにせよ、控訴人補助参加人の右主張は採用することができない。
二 本案(請求の当否)についての判断
1 当審における鑑定嘱託の結果によれば、嘱託先である株式会社帝人バイオ・ラボラトリーズ(担当者は、DNAフィンガープリント検査部・部長樋口十啓外五名。)は、西澤洋子医師が採取した被控訴人及び控訴人補助参加人の血液を資料として、DNAフィンガープリント法(DNA中に存在するミニサテライトを調べ、当事者間に遺伝的な矛盾が存在するかどうかを検討する方法。)を用いて検査(マルチローカスプローブと呼ばれる試薬を用いる検査方法とシングルローカスプローブと呼ばれる試薬を用いる検査方法とを併用。)を行ったところ、マルチローカスプローブによる検査により、被控訴人と控訴人補助参加人との間に第二度の血縁関係(祖父母と孫の間の関係、甥・姪と叔父・叔母の間の関係等)が存在すると判定するより、血縁関係が存在しないと判定する方がより確かであるという結果が得られたこと、また、シングルローカスプローブによる検査でも、両者の間に血縁関係が存在することを強く示唆する結果は得られなかったこと、これらの検査結果に基づいて、被控訴人と控訴人補助参加人との間に血縁関係が存在しない可能性が高く、したがって、被控訴人と控訴人補助参加人との間に生物学的な祖母と孫の関係が存在しない可能性が高いと結論したこと、が認められる。
右の鑑定において用いられたDNAフィンガープリント法は、近時、主として法医学の分野においてDNAの多型性を利用した科学的鑑定方法として急速に発展し、従前から採用されてきた血液型分析による方法と比較して、格段に血縁関係を肯定ないし排除することができる確率が高い方法であるとの評価を確立させつつあるDNA分析による血縁関係判定法の代表的な方法の一つであるから(当裁判所に顕著な事実)、一般に、このDNA分析の方法による生物学的な血縁関係判定の結果については、十分に信を措くことができるというべきであり、かつ、本件において、その具体的な鑑定の過程に不合理な点を認めることはできない。
右の鑑定嘱託の結果と、控訴人補助参加人は亡甲野花子の子であると認めることができる(甲一〇号証・弁論の全趣旨)こととを総合すれば、被控訴人と亡甲野花子との間には親子関係が存在しないものと認定判断すべきである。控訴人補助参加人が主張するような被控訴人と亡甲野花子との生活実態があったとしても、右の認定判断を左右することはできないし、他に右の認定判断を覆すべき事実を認めるに足りる証拠はない。
二 当審における控訴人補助参加人の主張に対する判断
1 身分行為の転換の主張について
控訴人補助参加人は、被控訴人と亡甲野花子との間に親子としての実体と親子という意識とが存在した本件のような場合においては、法律関係の転換を認め、被控訴人と亡甲野花子とが法律上の養親子関係にあるものと扱うべきである旨主張するが、右主張は、独自の見解というほかはなく、当裁判所においてこれを採用することはできない(最高裁判所昭和五〇年四月八日第三小法廷判決・民集二九巻四号四〇一頁参照)。
2 権利濫用の主張について
被控訴人と亡甲野花子ないしはその夫太郎とが控訴人補助参加人の主張するような生活関係にあったとしても、被控訴人において亡甲野花子との親子関係が存在しないことを主張することが権利の濫用として許されない、とすることはできないというべきである。
第四 結論
右のとおり、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法六七条一項、六一条、人事訴訟手続法三二条、一七条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官橋本和夫 裁判官川勝隆之)